宿命 ( さだめ ) −「ある日突然12人の30代眼鏡のお兄さんが出来たら雑文祭」参加作品

ある日街を歩いていたら声をかけられた。
「地球のために一緒に戦ってくださいませんか?」
細身で学者肌のその男性は、いかにも言わされているのだと言いたげな目で私を見る。
赤面した顔には、眼鏡。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
10分くらい歩いただろうか。
私の方を時々振り返りながら首を傾げて前を歩いていた男性が急に立ち止まった。
「あの、ほんと、大丈夫ですか?」
「何がです?」
「あ、いや、地球のために戦おうとか言われて普通ついてくるものなのかなあと…」
「普通に頑張りますが、何か?」
私が夢にまで描いていた理想の男性が私を心配している。それだけで震えがくる。30台半ば、細身、そして眼鏡。パーフェクツッ!
案の定向かっているのは近くの○○大学。おそらくは学生サークルの顧問でもやっていて、ゲームか何かの罰ゲームをやらされているのだろう。
私も大学在学中に罰ゲームでドラえもんのしずかちゃんの物真似をやれと言われ、入浴シーンしか浮かばず錯乱しそうになったことがあるから気持ちはよくわかる。
「あり得ない罰ゲーム禁止条例」でも出来ないかしらと本気でその日は枕を濡らしたわ…。
でも今の私は彼を救える。絶対に無いであろう「本当に連れてきやがった」という現場を私は今から提供してしまおうというのだから。このストライクゾーン男もサークル仲間に一目置かれ、うまい事いけば私もそのサークルのメンバーになれるかもしれない。
「地球のためなんでしょ?仕方ないじゃない。」
危うく出かかる下心を押し殺しながら冷静を装う私。ここでニヤけていたら怪しいのは私の方。
「では、あの、ここなのですが。」
そういうと彼は下を指差し私の目を見た。
「マンホール、ですか?」
一気に雲行きが怪しくなっていることを脳内の理性担当が警告している。さっきまであったはずの雑踏の音は掻き消え、人影すら見えない。にもかかわらず制御不能に陥る妄想担当が勝負に出てしまった。
「暗いとこ苦手なんですけど懐中電灯とかあります?」
行く気満々である。
おそらく世のうら若き乙女がこんな状況に遭遇したら絶対に言わないであろう台詞を当たり前のように吐く私を呪うなら呪うがいいわ。眼鏡のお兄さんが困っているのよ、どうして断れて?やるわ私。やってみせる!
マンホールから下に続く階段を下りてゆく。上を向くと見える青空と流れる雲がやがて小さくなっていく。
「どこまで続くんですか?」
「もうちょっとです。あと少しですからもうちょっと我慢してくださいね。」
眼鏡の男性は私に気遣い励ましながらどんどん降りてゆく。
もう上の光すら見えない。心なしか狭くなってきているような気もする。さっきまで真下にいたはずの彼の物音もしなくなった。
真っ暗闇を、一人ぼっち。
「あの〜!すみませーん!」
応答も無くなってしまった。
一体どこまで。いつになったら。
早く降りたい、早く、早く。
そのとき。
(光?)
光が見える。あと少しなんだ、もう少しなんだ!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「おめでとうございまーす!」
「よくやった!よく頑張った!ママ!」
「ハァ、ハァ!あなたのお陰よ、ずっと私とこの子を励ましてくれたから…」
「うん、うん。」
「ほらほら、泣かないで。あなたって生まれる度にいつも泣くんだから。眼鏡が曇ってるわよ。」
そう言って男の涙を拭こうとする。
「いいからおまえは休め、10時間以上頑張ってたんだから。これからあいつらにこの子を見せてくるから。」
「なにせ13人目にして待望の女の子ですものね。ウフフ。」
もしかしてこの子も将来眼鏡をかけるのかな」
「やめてよパパ、そろいもそろって私以外全員眼鏡だなんて。」
分娩室に笑い声がこだました。